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神奈川県・湯河原町

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エッセイ

週末が、暮らしになった

シェアハウスでの週末、畑仕事、竹を使ったものづくりを通して、湯河原が暮らす場所へ変わっていった記録。

湯河原の草木に覆われた農作業施設で、茂みを刈り払う三人

コロナ禍のころ、東京を離れる必要を感じて、初めて湯河原を訪れた。当時の東京は、人が多く、緊張が強く、息をつく余白がほとんどない場所に感じられた。湯河原は電車で来られる距離にありながら、心と体をほどくには十分遠かった。

最初は週末だけシェアハウスに泊まり、放棄されて草に埋もれた畑で作業をした。草を刈り、運び、土を戻していく。一角は見違えるほどきれいになったが、その先にはまだ膨大な仕事が残っていた。作業は、きれいなビフォーアフターには収まらなかった。写真を撮って満足するための活動ではない。土地を手入れするには、切り、掘り、運び、また戻って続きをする人が必要だった。

そこで竹の扱いを覚えた。長さを目で見積もり、測り、切り、割り、結び、組み上げる。竹灯籠、格子、道具、小屋、ツリーハウス。景色の一部だった竹が、自分の手で理解できる素材になった。

特に覚えているのは、自分も建設に関わったツリーハウスに登った瞬間だ。気分がよく、落ち着いていて、達成感があった。安全な週末を求めて来たはずが、いつの間にか、自分がつくる側になっていた。

2020年10月ごろ、週末の滞在は暮らしへと変わった。2023年末に東京へ戻るまで、シェアハウスを拠点に生活した。よく歩き、外で働き、体重が落ちた。安心して、自分が役に立っていると感じながら、幸せに暮らしていた。

東京へ戻った理由は、仕事の可能性に引かれたからだ。東京には、ごく普通のことまで大きく重要に感じさせる力がある。しかし今のところ、湯河原で得ていた日常を手放すほどの機会には出会っていない。

畑の再生は終わっていない。自分自身も同じだ。湯河原がくれたのは、完成した物語ではなかった。実際の仕事、親切な人たち、少し強くなった手、そして、いつの間にか故郷のようになっていた週末だった。