湯河原への旅は、駅に着く前から始まっている。
東京では、ほとんどすべてに圧がかかっている。用事も会議も、形になりかけの計画も、やけに大きく感じる。何も起きない日でさえ、人生が決まる場所のすぐ隣に立っているような気がする。だから動き続ける。次の駅、次の打ち合わせ、次の紹介に、機会があるかもしれないから。
その圧を抱えたまま東海道線に乗る。すると藤沢あたりで、少しずつ力が抜けていく。
私にとってグリーン車は減圧室だ。東京と湯河原の間にある守られた時間で、体がひとつの場所を離れて別の場所へ向かっていることを理解するのに、ちょうどいい長さがある。スマートフォンをしまい、窓の外を見る。食べても、眠っても、深呼吸しても、少し仕事をしてもいい。何をするかより、圧が変わることが大事だ。東京に押されていないだけで、同じ仕事でも感じ方が違う。
藤沢を過ぎると景色が開け、都心の密度が後ろへ離れていく。まだ湯河原ではないが、もう完全に東京でもない。電車の時間が、体より先に心を着かせてくれる。
そして湯河原駅で扉が開く。
最初に気づくのは空気だ。きれいで、澄んでいて、ひんやりしている。光が強い。ホームのまわりには緑があり、その先に、山と海の間の町が見える。東京が消えるわけではない。ただ、その瞬間をつかんでいた力がゆるむ。
私にとってグリーン車は、座り心地のいい座席以上のものだ。それはもう湯河原の一部だ。この時間がないと、同じ駅に着いても東京を体の中に抱えたままになる。ゆっくり圧を抜けば、ホームに降りる前から週末は始まっている。
