斜面のオレンジ
東海道線の車窓から見る湯河原の山は、段々になった濃い緑の斜面です。10月を過ぎると、そこにオレンジ色が点々と混じります。湯河原観光ボランティアは、この景色が童謡「みかんの花咲く丘」を思わせると紹介しています。みかんは町の花で、町章もみかんの断面と温泉を図案化したものです。みかん狩りの期間や料金、送迎についてはみかん狩りガイドにまとめました。この記事では、果物そのものの話をします。
湯河原の果物の話は、柑橘の話です。斜面は柑橘のために段々畑に切り開かれ、地元の農家が育てた品種は今も県西部の主力の一つ。たくさんの品種を同じ畑に植え分けるので、旬はほぼ一年じゅう続きます。柿やびわ、栗は事情が違います。商品として育てる果樹園より、庭先や畑の縁に立つ木がほとんどです。野生のサルと山を分け合うこの町で、これらの木について一番知っておきたいのは、町が早めの収穫を呼びかけていることです。
柑橘の町
1955年まで、湯河原は三つの町村でした。町の統計要覧は、湯河原は観光地、吉浜は農業地、福浦は漁業地として知られていたと記し、三つは1955年4月1日に合併しました。この丘で農業といえば、柑橘のことです。観光ボランティアは、温暖な山地が江戸時代にみかん栽培に活路を求めたと伝えています。農業誌の取材を受けた湯河原の柑橘農家は、段々畑を当地の代表的な風景の一つと呼び、斜面を平らに削り、そこから出た石で築いた幾重もの石垣を先人の苦労の賜物と語っています。谷崎潤一郎の終の住処も、みかん園の多い吉浜の丘にありました。観光ボランティアが紹介する一首は「たそがれに咲ける蜜柑の花一つ 老いの目にも見ゆ星の如くに」です。
石垣の上の畑を歩いても、同じ木ばかりが並んでいるわけではありません。観光ボランティアによると、湯河原では温州みかんを筆頭に80余種の柑橘を一年を通して楽しめます。農家は長い旬をつくるために植え分けます。先の農家は柑橘園175アールのうち100アールが大津四号で、ほかに収穫時期の違う4品種を育て、一年を通して収入があるよう工夫しています。175アールは1.75ヘクタール、家族で営む規模の畑です。湯河原みかんは昭和40年代前半に最盛期を迎え、酸味の強かった実が品種改良で甘くなったとも紹介されています。
ただ、畑は減っています。町の統計要覧に載る農林業センサスの数字では、湯河原の農家数は2005年の329戸から2020年には173戸に、樹園地は178ヘクタールから101ヘクタールに減りました。町の計画は理由を挙げています。農地の多くは傾斜地で、機械化が難しく生産拡大が困難です。みかんの価格は少しずつ上がっていますが、農家の経営はまだ厳しい状況です。農家数の減少と農業従事者の高齢化も進んでいます。町の総合戦略は、年々増えているミカン畑などの耕作放棄地を町民農園や花畑にする案を示しています。
湯河原ゆかりの品種
湯河原にゆかりのあるみかんの品種が二つあります。記録がはっきりしているのは大津四号です。山口県の柑橘栽培指針は、育成者を湯河原町吉浜の大津祐男氏、来歴を十万温州の珠心胚実生と記し、果実を大果で極めて扁平、玉揃い良好と説明しています。本州の西の端の県の指針にも載っている品種です。地元では今も、JAかながわ西湘が出荷する「おだわら・あしがらのみかん」の主力として、青島とともに市場へ出荷されています。町内では飲むこともできます。湯河原ブランド認定品には「OHTSUNO.4」という名のミカンジュースがあります。
観光ボランティアは、大津四号と並んで藤中温州も湯河原生まれのみかんに数えています。湘南ゴールドは事情が違い、湯河原でも育てられていますが、生まれは湯河原ではありません。神奈川県農業技術センターが育成し、2003年に品種登録した柑橘で、黄金柑に今村温州を交配し、皮がむきにくく小粒な黄金柑をやや大きく食べやすい実にしました。先の湯河原の農家によれば、出荷が始まったのは2006年です。旬は短く、県は旬の時期が1か月の「旬のカンキツ」と呼び、JAかながわ西湘は旬を3月から4月としています。
動画
神奈川県が紹介する湘南ゴールド
神奈川県の産品紹介チャンネル「かなさんの畑」が、湘南ゴールドとその加工品を紹介する短い動画です。
制作: かなさんの畑(神奈川県) ↗
柑橘の一年
品種が多いので、地元の柑橘はほぼ一年じゅう出回ります。最初はハウスものです。小田原・湯河原のハウスみかんは宮川早生が中心で、8月中旬から10月上旬に出荷されます。露地の温州みかんは秋に色づき、10月から12月はみかん狩りの季節です。大津四号や青島を中心とする「おだわら・あしがらのみかん」は11月中旬から3月上旬に出荷され、その後を湘南ゴールドが3月中旬から4月中旬に継ぎます。そして花の季節へ。みかんの花は5月の連休明けから下旬にかけて咲き、畑のまわりに香りが漂います。
動画
みかん畑と選果場をたずねて
湯河原の農産物直売所も運営するJAかながわ西湘のチャンネルから。マスコットの西湘きんじろう君が、温州みかんのおいしさの秘密を探りに畑と選果場をたずねます。
制作: JAかながわ西湘 ↗
一年の果物の一部は、瓶詰めやパンになります。湯河原町は地元の産品を「made in ゆがわら」として認定していて、2026年度で35品目になりました。観光協会の特集には、地元の果物を使った品が並びます。湯河原で収穫した夏ミカンと砂糖だけで作るマーマレード、湯河原産青島みかんのジャム、湯河原育ちのレモンをはちみつに漬けてのせたクリームパン、湯河原産の完熟キウイフルーツを搾ったジュース。町の一覧には有機みかんジュースも入っています。
柿、びわ、栗は庭の木
柿、びわ、栗は話が違います。同じセンサスの表を見ると、作物として育てる農家はごくわずかです。湯河原で柿を栽培する農家は2010年と2015年に3〜4戸で2020年はゼロ、びわは2010年と2015年に1戸で2020年はゼロ、栗は2005年から2020年まで1〜3戸。どれも面積は1ヘクタールに届きません。神奈川の柿や栗の産地は県内のほかの地域で、柿は伊勢原や横浜、栗は山あいの津久井地域が知られています。
湯河原では、これらはほとんどが庭の木で、それぞれに旬と使い道があります。渋柿は木からもいでそのまま食べるものではなく、干し柿の原料になります。びわは初夏の訪れを告げる果物です。熟した果肉は安全に食べられますが、農林水産省はビワの種子の粉末は食べないようにと呼びかけています。栗は秋に落ちます。2026年9月には、遊休農地をよみがえらせているNPO法人湯河原ゆめファームが、地域の子どもたちやご近所さんと栗ひろいをしました。
町が早めの収穫を呼びかける理由
庭の果物を待っているのは、人だけではありません。湯河原の山にはニホンザルのT1群が暮らしていて、出会ったときのことはT1群と暮らす町のガイドにまとめています。果樹について、町の呼びかけはシンプルです。実のなる木や野菜は、収穫に適した時期があっても早めに収穫する。果物や野菜くずを外に置いたままにしない。野生動物のエサになってしまうからです。理由は町の調査にも表れています。2025年のサルによる生活被害調査には453件の回答があり、「庭の木の果実などを取られた」は318件でした。町の鳥獣被害防止計画にも、みかんや野菜と並んでびわのサル被害が記録されています。
神奈川県の2026年度の計画には、次の手も書かれています。湯河原町はサルを引き寄せる果樹の場所を把握し、所有者に知らせる予定です。食べる予定のない実が自分の木にたくさんなっているなら、早めに摘み取ることがご近所の助けになります。サルは守られている動物でもあります。西湘地域のニホンザルは神奈川県が絶滅のおそれのある野生動物に指定しており、許可なく捕獲することは禁止されています。サルに人の食べ物を与えないことは、誰もが守るべき約束です。そして季節を問わず、人の果物には手を出さないでください。畑の木も庭木も、道にはみ出した枝も、すべて持ち主がいます。実を取れば刑法の窃盗罪に、森林の産物を取れば森林法の森林窃盗にあたります。
どこで買うか
いろいろな柑橘を味わうなら、まずは日曜観光朝市へ。毎週日曜日の6時から9時まで、雨でも万葉公園・湯河原惣湯の入口広場で開かれ、観光協会も種類豊富なみかんを名物に挙げています。駅からは奥湯河原行きか不動滝行きのバスで「落合橋」まで約9分です。JAかながわ西湘の農産物直売所1号店(湯河原町中央4-1-1)は月・火・木・土の8:40〜16:00、土曜は12:00まで、祝祭日は休みです。湯河原駅前にも農産物直売所があり、参加する地元農家が少しずつ増えています。ジャムやジュース、お菓子は「made in ゆがわら」の印を目印にどうぞ。
湯河原の果物は、町が売っているかたちで味わうのが一番です。育てた人から朝市や直売所で買うか、シーズンに開いた農園で摘むか。段々畑の景色だけでも、電車に乗って来る価値があります。花の咲く5月と、山がオレンジに染まる晩秋は特にです。駅から城山のハイキングコースを歩けば、このページの一番上の写真のような柑橘の木の横を通って登っていきます。通りすがりの木は、世話をする人のものとしてそのままに。枝に残る実や落ちた実が少ないほど、サルが山を下りてくる理由も減ります。
