石垣の上のサル
屋根や庭先に現れたニホンザルは、旅行者にとって忘れられない光景かもしれない。山が急に近くなったように感じ、その日の一枚を撮りたくなる。
しかし畑の野菜を食べられた人や、窓を開けようとするサルを目にした人にとって、これは牧歌的な風景ではない。
湯河原のサルは、遠い山から時々迷い込んでくる個体ではない。神奈川県の西湘地域個体群で唯一の群れである「T1群」だ。行動域は湯河原町と真鶴町に及び、県境を越えて熱海市泉地区にも出没する。
T1群は湯河原の自然の一部だ。同時に、山林と住宅、庭、果樹畑が接する場所では、日々の対策が必要な存在でもある。
約20頭でも、影響は小さくない
神奈川県の現在の生息情報では、令和7年度調査によるT1群の頭数は20頭だ。数字だけを見ると、大きな群れには思えない。しかし被害記録からは別の姿が見える。
公的な農業被害の数字だけでは、負担の全体は見えない。県の令和8年度計画別冊では、令和7年9月末時点の湯河原町のT1群による農業被害は、かんきつ類と野菜類を中心に1万6千円と記録されている。一方、町が行った生活被害調査では、453件の回答から令和7年中の被害項目が計6,054件記録された。そのうち、家庭菜園や花壇を荒らされた、野菜を取られたという回答が483件、庭木の果実を取られたという回答が318件あった。これはサルの頭数でも、重複を除いた遭遇件数でもない。

現在の問題には人間側の歴史もある。神奈川県によると、かつて観光目的などでニホンザルへの餌付けが行われていた。その後、餌付けは中止され、群れは徐々に人への依存から離れてきた。
一頭への餌やりも、個人的な小さな親切では済まない。集落には食べ物があり、袋を持つ次の人も餌をくれるかもしれない、と野生動物に教える行為になる。

出会ったときにすること、しないこと
町の案内は明快だ。餌を与えない。食べ物を見せない。近づかない。逃げ道をふさがない。目を合わせず、大声を出したり走ったりせず、静かにその場を離れる。
近くに子どもがいる場合は屋内に入れ、戸や窓を閉めて施錠する。不要な果実や野菜を片づけ、農作物をきちんと守ることも必要だ。農作物や生活への被害は、町のオンラインフォームから報告できる。
旅行者なら、さらに短く言える。見てもいい。ただし、触れ合いに変えないことだ。距離を取り、食べ物はバッグにしまう。写真のために近づいたり、こちらを向かせるために餌を出したりしない。
保護と被害対策は、単純な二択ではない
行政は二つの事実を同時に扱わなければならない。ニホンザルは在来の野生動物であり、神奈川県は地域個体群の安定的な保全を目指している。一方で農業、生活、人身への被害を減らし、必要に応じて加害群の縮小や除去も行う方針だ。
令和8年度の県計画はT1群を適正規模に調整する対象としている。別冊には、群れ管理として10頭を捕獲する計画があり、被害防除対策の別項目には、湯河原町が加害性の高い4頭の捕獲を委託する計画も記されている。両者が重なるかは文書に明記されていないため、単純に14頭と足して読むことはできない。いずれも町議会が求める全頭捕獲とは異なる。
湯河原町議会は、さらに強い対応を求めている。令和8年6月23日、従来の対策では被害や住民の不安が解消されていないとして、T1群の全頭捕獲と群れの除去を神奈川県に改めて要望した。これは町議会の要望であり、すでに決まった政策ではない。
ニュース映像
地域から語られた共存の可能性
読売テレビはT1群の被害を受けた湯河原のシェアハウスを訪れ、全頭捕獲と共存の可能性についてマサトさんに話を聞きました。
制作: 読売テレビニュース ↗
ここに、きれいな結論はない。一つの群れが生態系の一部でありながら、地域に深刻な被害を与えることもある。農家は野生動物を嫌わなくても疲弊する。旅行者はサルを娯楽にしなくても、その姿に心を動かされる。
サルを目指さず、サルのいる風景を歩く
湯河原の魅力的な道の多くは、住宅、果樹畑、森の境目を通る。サルを見かけたら、十分な距離で立ち止まり、サルが離れる道を選べるようにする。いい思い出とは、近づけたことではない。人もサルも、何事もなくそれぞれの一日を続けられたことだ。





