2020〜2023年に湯河原で暮らす
マット・ケッチャム
マットは2020年に東京から湯河原へ移り住みました。畑を切り開き、竹でものをつくることを覚え、地元のロータリークラブに入り、谷を見下ろすシェアハウスで事業を始めました。今は東京に戻り、時間ができれば東海道線で湯河原へ通っています。Yugawara Clubの執筆と編集をしています。
エッセイ
宮上のイノシシと、高齢化する猟友会
2026年1月18日、16時5分ごろ、サルも使う宮上でイノシシの通報がありました。2017年の猟友会は19人で、80代もいました。
野生動物・豚熱湯河原のイノシシと豚熱
豚熱が湯河原のイノシシから見つかりました。陽性は4頭で、宮上と鍛冶屋が2頭ずつです。人には感染しません。
野生動物・川堀川堀の猪捕獲7人衆
川堀では十人ほどのボランティアが「猪捕獲7人衆」と呼ばれ、被害が500万円を超えたあと、くくりわなをかけました。タウンニュースが会ったのは2023年6月17日。そのころ豚熱で捕獲は減っていました。
野生動物・報道箱根のシカは、湯河原のみかんに来るか
2026年10月、日本テレビは箱根のシカと、収穫が半分になった小田原のみかんを伝えました。湯河原の畑は、その間の斜面です。
野生動物・シカ湯河原の山に広がりつつあるシカ
湯河原の山にシカが入ってきています。管理捕獲の目標は30頭で、前の年は20頭、その前は70頭でした。畑の被害はまだ目立っていません。
野生動物・住民の方へ爆竹は町でもらえる:湯河原のサル対策ガイド
湯河原町は、希望する住民に爆竹とロケット花火を渡しています。講習を受けた農家には煙火、長さ1メートルほどの棒もあります。被害の連絡先は農林水産課です。
野生動物・追い払い湯河原サル対策20年史
2004年から、湯河原は市街地のサルを追い払い続けてきました。エアガン、ゴム弾、町の追い払い隊。今は花火とGPS首輪、そして町議がボランティアと語る協力隊です。
湯河原に住む湯河原で温泉付きの家を買う前に
湯河原の温泉付きの家の多くは、町営温泉から湯を引いています。買う前に、給湯の種類、毎月の温泉代、管の修理は誰がするのか、土地で何ができるのかを確かめましょう。
湯河原の食と恵み・第1回湯河原の柑橘と、柿・びわ・栗
湯河原は柑橘の町です。段々畑で何十種類もの柑橘が育ち、県西部の主力品種の一つもここで生まれました。柿やびわ、栗は庭先の木。サルが実を狙うので、町は早めの収穫を呼びかけています。
山歩きと冒険・第1回湯河原・城山の歴史をたどる
湯河原駅の裏山・城山は、いつ築かれたか分からない城から名をとりました。土肥一族と1180年の頼朝の逃避行について記録が語ること、土塁や石仏の正体、そして言い伝えの石。三つの歴史を分けてたどります。
地域の暮らし・旅の安全湯河原の宿を予約したら。「決済に失敗しました」の偽メッセージを見分ける
本物の予約番号と宿泊日が書かれ、「カードが確認できないので予約を取り消します」と迫るメッセージ。送り主は宿ではありません。宿泊客としてすること、湯河原の小さな宿にできることをまとめました。
エッセイ・一日今度は私が案内する番
畑の山羊と鶏、五所神社、幕山公園、ボルダリング、サルーテで夕食、KADOYAでビール。湯河原を案内できるようになった日のこと。
温泉の歴史・第1回湯河原はどうして温泉町になったのか
河原に湧く湯から、関東を代表する温泉町へ。万葉集の歌、傷病兵の療養、温泉井戸、鉄道、そして町営の配湯まで、湯河原が温泉町になるまでをたどります。
野生動物・地域の暮らしT1群と暮らす町、湯河原のニホンザル
湯河原に残る小さなニホンザルの群れは、町の暮らしと深く重なっています。被害の実情、出会ったときの行動、捕獲をめぐる議論を整理します。
地域の暮らし・メディアマサトさんと猿、そして観光案内の外にある湯河原
読売テレビが伝えた湯河原のサル被害。畑や土地に関わる人の声が必要な理由を、マサトさんとの記憶から考えます。
エッセイ・仲間火が消えるまで
屋上の持ち寄り料理、猪肉、ガスパチョ風サラダ。火が消えるまで過ごし、みんなで片づけた夜に居場所があった。
エッセイ・歩く必要だった湖
アプリが示したでたらめな地点を目指して、湯河原の山をひとりで歩き、名前も知らない湖で、必要だった時間を見つけた。
エッセイ・人「ほら、この実」
不動滝、木からもいだ熟したびわ、竹仕事。ある人のさりげない気前のよさが、新しく来た人に湯河原を開いてくれた。
エッセイ・日の出谷を見下ろすバルコニー
シェアハウスのバルコニーから見た、湯河原の谷の日の出。離れた場所にいる人へ、その朝を届けていた習慣。
エッセイ・川と海二つの水
自由な午後。駅近くで寿司を食べ、千歳川沿いを歩き、吉浜海岸で過ごす。流れる川と広い海は、違う形で心を落ち着かせてくれる。
エッセイ・電車減圧室のようなグリーン車
東海道線のグリーン車と、藤沢を過ぎて開けていく景色。それが湯河原に着く時間の一部になった理由。
エッセイ・畑仕事週末が、暮らしになった
シェアハウスでの週末、草に埋もれた畑の手入れ、竹のものづくり。湯河原が暮らす場所に変わっていった記録。