屋上は、時間によって顔を変えた。
朝は、海から昇る太陽を眺めて、大切な人に写真を送る場所だった。夜になると、同じ屋上にグリルと長いテーブルが並び、料理と飲み物、火、笑い声、いろんな話でいっぱいになった。
バーベキューは持ち寄りだった。みんなが何かを持ってきて、テーブルに並んだものがその晩の夕食になる。私はよく、きゅうり、トマト、赤玉ねぎ、酢、にんにくでガスパチョ風のサラダをつくり、これがなかなか好評だった。猪肉を持っていってグリルで焼く夜もあった。
みんなが喜んで食べてくれるものを持っていくのが好きだった。料理をつくり、3階の自分の部屋から数歩運び、ほかの人の料理の間に置く。別々だった皿が、ひとつの夕食になっていく。それが、自分も加わるいちばん簡単な方法だった。
決まった進行はなかった。大きなテーブルを囲んで食べ、グリルのそばに立ち、話して笑った。夜のペースは火が決めた。いちばん大事な瞬間がいつだったかを、誰かが決める必要はない。炎が小さくなり、火が消えるまで、みんな残っていた。
それから、みんなで片づけた。
料理や景色と同じくらい、それをよく覚えている。皿も瓶もテーブルも灰も、ひとりに押しつけて夜が終わることはなかった。みんなでつくった夜だから、屋上もみんなで元に戻した。
私の部屋は同じ階の、屋上のすぐそばにあった。バーベキューのあと、遠くまで帰る必要はない。家はもうそこにあった。ひとりで日の出を見る場所が、友だちが私のサラダを食べ、猪肉を焼き、話をして、火のそばで過ごす場所でもあった。
仲間になったと、誰かが宣言したわけではない。言う必要もなかった。夜の流れの中にそれはあった。何かを持っていく。ほかの人が持ってきたものの場所をあける。火が消えるまで残る。そして一緒に片づける。
あの屋上には、私に必要だった二つの時間があった。朝は、静けさと距離と美しさ。夜は、ぬくもりと笑い声と人。どちらも湯河原で、どちらも家だった。
